■ シュトライン 2


何とも言えない、媚びる様な期待するような目に、ハウエルは内心貴族とは思えない罵詈雑言を吐いていた。そろそろ混ざり混ざった香水の臭いに咽そうだ。
それでも曲が終わるまでに、次に踊るに相応しい、家柄、権力を持つ者を脳内でリストアップして行く。けれど結局、この曲の間位の休憩は認めてもらおうと、思考を手放した。
相手と別れると、ボーイから適当に冷たい物を貰い、壁際に立つ。冷たい物が咽喉を滑り落ちていく快感に初めて自分の喉が渇いていた事に気が付く、そういえば一度も休憩を取っていなかった。
「人気者だね」
「ルディ」
振り返ったとたん、自分と同じ混合した女達の臭いに、思わず眉を寄せる。
「そんな顔をしないんだよ。嬉しい事にシンデレラはそろそろお帰りになる時間だ」
12時。とりあえず、前半戦は終了したらしい。
「どうする、抜けるかい?」
「……ああ」
12時を過ぎた頃から、貴族の女達は代わる代わる衣装変えをする。それは深夜になって来場する者に向けての用意だったり、親密度を上げるためのお喋りに使われたりするのだが、ハウエルにとってはただの休憩であった。
与えられた部屋に向かうが、部屋に前で群がる者達を見た瞬間、踵を返した。
庭の端にある寂れた噴水に近付くと、躊躇いも無く頭をそこに沈めた。
気持ち悪い。
両親に何と言われようと、生理的に駄目なのだ。
軽く絞って水を切るだけで、座り込んで両手を付き、ハウエルは空を見上げた。
「嫌になる……」
それは自分に向けた物か、近付いてくる足音に向けた物か。
「だっ、どうなさったのですか?」
おっせっかいめ。
「何か?」
言外に放っておけと言って、ハウエルは相手が去るのを待った。いくら馬鹿でも、貴族の娘なら長い沈黙になれば去っていく。それがどういう理由であろうと。
幸いにして、この姿では自分とはわからないだろう。
けれど相手は、すとんとハウエルの横に座り込んだ。
「な」
絶句して、始めてハウエルは相手を見た。美人である。が、不機嫌そうな顔であった。
「私はこのような物は苦手です」
人間観察に慣れたハウエルにはそれが本音だと、すぐに分かった。にしても唐突だ。普通挨拶から入るだろう。名前も告げずに娘は続ける。
「貴族の娘として…仕方が無いとは思っているのです。いずれ政略結婚をする事になっても、私は逆らわないでしょう」
娘が自分の目を見て、やっとハウエルは娘の顔を眺めていた事に気がついた。
「お前、名前は?」
娘は少し驚いたような顔をしたが、直に立ち上がった。
「もうすぐ、はじまりますね」
何がとは言わなかった。それをハウエルは後半戦と呼ぶ。
「がんばってください」
そう言い残して、娘は去っていった。 そしてそれを、暫し呆けた様にハウエルは見ていた。